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横浜地方裁判所 昭和56年(行ウ)13号 判決 1983年9月29日

原告

池上通信機株式会社

右代表者代表取締役

坂本克郎

右訴訟代理人弁護士

成富安信

青木俊文

中町誠

八代徹也

被告

神奈川県地方労働委員会

右代表者会長

江幡清

右訴訟代理人弁護士

榎本勝則

被告補助参加人

全日本電機機器労働組合連合会池上通信機労働組合

右代表者執行委員長

中岡健司

右訴訟代理人弁護士

小池貞夫

安養寺竜彦

主文

一  被告が、補助参加人を申立人、原告を被申立人とする神労委昭和五五年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、昭和五六年七月二七日付でなした命令中、主文第一、二項を取消す。

二  訴訟費用は原告と被告との間に生じた分は被告の、参加によって生じた分は補助参加人の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  補助参加人(以下「組合」という。)は、昭和五五年三月八日被告に対し、原告(以下「会社」という。)を被申立人として不当労働行為救済の申立てをなしたところ、被告は昭和五六年七月二七日付で別紙(略)命令書記載の救済命令(以下「本件命令」という。)を発した。

2  しかしながら、本件命令の主文第一、二項には次のとおり事実認定及び法律上の判断に誤りがあり違法であるから、その取消を求める。すなわち、

(一)(本件紛争の経緯)

(1) 元来会社は組合の会社施設使用を全く認めないというのではなく、原則として組合は会社の施設使用権を有しないとの前提をとりつつも、施設使用の具体的場合について組合と協議し、合意のうえ施設使用を許可していく方針であった。そこで会社は組合と昭和四八年一二月二七日組合に対する会社施設及び掲示板の貸与に関し協議に入ったところ、同四九年三月五日掲示板貸与についてのみ合意が成立した。しかし食堂使用の問題については、会社は組合が行う年四回程度の定期大会及び臨時大会には食堂の使用を認めてもよい旨提案したが、組合は会社の食堂を使用するのは組合の権利であって組合大会の場合にだけ食堂使用が認められるのは承認し難いとして協議に応じず実力を以って会社の支配を排し食堂の無断使用を繰り返し会社からの度々の警告にも拘らずこれを改めようとはしない。

(2) また、組合は前記の掲示板貸与協定の際掲示板以外の場所に掲示物を貼付しない旨合意されているにも拘らず、協定成立後数か月を経ずして掲示板以外の会社施設に無断で多数のビラを貼付し、会社が協定違反である旨申し入れても、ビラは貼付物ではないなどとうそぶいてその後も引き続き貸与掲示板以外の会社施設にビラを貼付し続けている。さらに組合は、昭和四九年以降同五一年に至るまでの間、ストライキに際しピケを張って実力で会社の業務を妨害したばかりかドアを破壊し管理職にある者に対し暴行を加え負傷させるなど正当な組合活動を逸脱した不法な行為を数限りなく繰り返しながらこれらの行為をすべて正当な組合活動であると主張してやまない。

(3) 会社としては組合の以上のような行為をみるとき、組合に対する不信感は容易に払拭できないところであって、組合と食堂使用につき協定を結んでも違反するのではないかとの危惧は極めて大きく現状のような組合に対し会社の施設である食堂の使用を許すことは困難である。

なお、会社は社員親睦会、写真部、卓球部等のサークル活動に食堂の使用を許しているけれども、これは労働安全衛生法七〇条が従業員のレクリエーションには会社施設を利用させるべきことを定めていることに基づき、その義務の履行として行っているものである。

(二)(事実認定の誤り)

(1) ところで、本件命令は「組合は、春闘活動の場として、昭和四九年三月一一日、<1>ハンドマイクは持ちこまない……等の条件の下に、食堂使用許可願を提出していたが、同年三月一三日の事務折衝時は会社は組合との食堂使用に関する協定の不存在……を理由にこれを許可しなかった。」とするが、組合の三月一一日付書面は「食堂使用許可願」ではなく「会社構内施設利用に付いての協議開催申入書」である。会社は組合の申入れどおり協議してゆくつもりであり、協議が整うまでの間の暫定措置として食堂に代る代替場所を提供したのである。

(2) さらに、本件命令は「その後、更に組合は団体交渉を要求したが会社はこれも拒絶し、そのまま春闘に突入した。」とするけれども事実は全く逆である。すなわち前述のように会社は組合に対し大会の際における食堂の使用を認めることを提案したのに、組合は右提案を一顧だにせず拒絶したうえ、その後団体交渉はもとより事務折衝にすら応じようとしなかったのである。

(3) また、本件命令は「会社は、昭和四八年一一月一二日付け社長名の申入書をもって『組合活動の自由とは労働契約上の就業時間外及び会社の施設を使用しない場合に自由ということであって、たとえ正当な理由によるものであっても就業時間中は勿論、就業時間外であっても会社施設構内の使用はできません。』旨を回答しており、……『当初の方針どおり一切貸す意思がない』旨の回答をして今日に至っている。」とする。しかしながら、右文書の趣旨は、「組合活動は就業時間外であっても会社の許可がなければ会社施設の使用はできない。」という当然のことを述べたにすぎず、一切貸す意思がないなどという意味ではないのである。

(三)(法律上の判断の誤り)

労働組合による企業の物的施設利用の問題については、我が国の労働組合の多くが企業内組合であり、組合活動の場を企業内施設に求める必要性が大であるとしても、そのことから直ちに会社施設を許可なく使用する権原があるとすることはできないことは最高裁判所第三小法廷昭和五四年一〇月三〇日判決(民集三三巻六号六四七頁、以下「最高裁判決」という。)において示すところである。しかるに被告は最高裁判決を全く無視して権利の濫用に該当する事実に関し何ら主張、立証がなされていないのに拘らず単に組合において会社の物的施設を利用する必要性が大きいというだけで会社に対し「組合から食堂使用許可の申請があったときは業務上著しい支障がある等合理的な理由のない限りこれを拒否してはならない。」と命じたものであって、右命令が違法であることは明らかである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

被告が本件命令において不当労働行為を認定した理由は別紙命令書記載のとおりであり、同記載の事実認定及び法律上の判断は正当であるから、本件命令は適法である。

三  補助参加人の主張

1(食堂使用妨害行為の不当労働行為性)

(一)  組合は、昭和四八年一一月一二日会社との間に食堂使用について事前届出をするとの合意が成立し以来就業時間外の食堂使用の都度事前に許可願を提出してきており、団体交渉等の際にも組合集会のための食堂使用を許可するよう要求し然るべき協定を締結するよう求めてきている。特に同四九年三月一一日の事務折衝の際には、ハンドマイクは持ちこまない等の具体的な使用条件を示して食堂使用の許可を求めた。これに対し会社は、組合には食堂を含む会社施設の利用を認めないとの態度を終始とり続け、組合の許可願をすべて却下してきているばかりでなく、食堂使用について具体的な話し合いにさえ応じようとしないのである。

(二)  企業内組合にとって、団体交渉等を通じて組合の目的を達成するためには、企業という場における活動が重要な役割を果すことはいうまでもない。組合が組合集会のため特に川崎工場の食堂使用を必要とする理由は、<1>川崎、池上両工場に分散した組合員の合同集会を開くためには、組合の本拠地であり多数の組合員がいる川崎工場に集合する必要があること、<2>就業時間外にかつ組合の都合のよい日時に組合員が集合するため会社以外で場所を確保することは困難であるうえ費用もかかるものであり、食堂使用は組合の極めて切実な要求である。一方会社としては、就業時間外であれば事業の遂行に格別の支障はなく、施設の利用態様についても組合が使用条件を提案しているとおり施設本来の目的を損わず十分に対処し得るものである。

(三)  会社は食堂使用を許可しない理由として、<1>組合が協定違反を行っていること、<2>組合が食堂使用を強引に実施して会社との間に様々なトラブルを生じさせていることを挙げている。

しかしながら、右<1>の点については、「掲示板貸与に関する協定書」にいう「掲示」とは組合が組合員に向けて通知、報告するものに限られ、闘争時における会社に対するビラ等はその目的、通知の対象等において異なるから右「掲示」には含まれないと解すべきである。また右<2>の点についても、食堂使用について会社と組合との間にトラブルがあったのは事実であるが、これは会社が不当にも組合に食堂使用を認めないことにより生じたものである。

(四)  以上のように会社は格別の理由もないのにことさら組合に食堂使用を認めず組合の集会を妨害するのは、明らかに組合の存在を嫌悪し施設管理権の名の下に組合に対する支配介入の意図を有しているからに他ならない。会社の不当労働行為意思は次の事実からも明白である。

(1) 会社は、昭和四八年一一月一〇日食堂使用について妨害をしないと約束しておきながら、翌一一日社長以下七〇名の職制らによる労働組合対策会議を開催し、翌一二日から食堂使用の妨害を開始している。

(2) 会社は昭和四九年の春闘時における組合との事務折衝の際、組合に対し年四回程度の組合大会のための食堂使用を認めるとの譲歩案を示したものの現実には組合の度重なる使用許可願に対して具体的な業務上の障害理由を付すことなく、また付す必要はないとして組合の食堂使用を全く認めようとしない。会社のこの態度は施設管理権を絶対的なものとし組合に食堂使用を許すか否かは会社の意思次第であることを基本にして、組合がこれを承認しない限り組合に対し食堂使用を認めず、使用についての話し合いにも応じないとするものであり、これが不当なことは明らかである。

(3) 会社は、社員親睦会、写真部、卓球部等がサークル活動に食堂を使用することを認めている。その理由として会社は、労働安全衛生法七〇条の規定を挙げるが、右規定は使用者をして従業員に対し食堂を使用させる義務を負担させるものではないから、右法条を、サークル活動に食堂の使用を認め、組合活動に対してこれを認めないことの根拠とすることはできない。会社がサークル活動等に食堂使用を認めながら組合活動のための使用を認めないのは、会社が組合を嫌悪し組合に対し支配介入する意図のあることの顕れである。

2(本件命令と最高裁判決について)

(一)  最高裁判決は、企業施設内における組合活動は使用者の許諾のない限り原則として組合活動としての正当性が認められないと判示しているけれども、右判決は憲法二八条及び労働組合法七条の趣旨を曲解し、著しくその解釈を誤った不当な判決であり、安易にその論旨を採るべきではない。

(二)  また、最高裁判決は直接の本件事実関係にあてはまらない事例であり、右判決の存在することは会社の本件行為を不当労働行為と認定する妨げとはならない。すなわち、右判決は公労法の適用を受ける国鉄労働組合の組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の物的施設にビラを貼付した行為が正当な組合活動にあたらないとされ、これらの行為者に対する戒告処分が有効と判断された事例である。しかるに本件は民間の労使関係の事案であり、組合活動のために物的施設を利用することを使用者が不許可としたことの不当性もさることながら、不許可のまま物的施設を利用して組合活動が敢行されたことに対する使用者の妨害行為の不当性、すなわち会社のとった集会妨害行為が対抗行為といえるかどうか、対抗行為であるとしても合理的かつ相当な範囲内のものかが問題とされている事案であって、両者は事案を異にしている。

(三)  仮に最高裁判決の論理が本件にもあてはまるとしても、会社の本件行為は施設管理権の濫用であって不当労働行為のそしりを免れない。右判決自体も「労働組合又は組合員らに対しその利用を許さないことが当該物的施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合」には、使用者の許諾を得ないで行われる組合活動も正当性を失わないことを示唆しているところ、本件の場合、組合の側には川崎工場の食堂を組合集会に使用する切実な必要性があるのに対し、会社の側には食堂利用を許容しても作業秩序や職場秩序に何の支障も生ずるおそれのないことは明らかである。このような事情の下において、会社が頑なに組合に対して川崎工場の食堂利用を拒否することは施設管理権の濫用であり、かかる権利濫用をあえてしてまでも会社が組合の企業施設利用を嫌う真意は、組合を嫌悪しこれが弱体化を熱望するところにあるといわざるを得ない。

すなわち、最高裁判決の論理に従っても本件会社の組合に対する集会妨害行為は不当労働行為に該当するものといわなければならない。

第三証拠関係

本件記録中書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  (証拠略)を総合すれば次の事実が認められる。すなわち、

1  会社は通信機器及び放送装置の製造販売を業とし、東京都大田区池上に本社及び工場を、川崎、藤沢、水戸、宇都宮に工場を各有する従業員約一三〇〇名の株式会社であり、組合は昭和四八年一一月九日会社の従業員中約三七〇名をもって結成された労働組合であって、現在の組合員数は約八五名である。

2  昭和四八年一一月一〇日、組合の沢口進執行委員長らは当時川崎にあった本社に千葉朝夫総務部長らを訪ね、組合の結成を通知するとともに、組合事務所、組合掲示板の貸与等を求める要求書を提出したが、当日は斉藤公正社長が海外出張中であったため右要求についての折衝を行うことなく、千葉総務部長が右要求を預かることとなった。

3  組合は、同月一一日午後二時ころから約一時間、会社に使用許可を求めることなく川崎工場の従業員食堂において組合員約三〇名を集めて集会を開いた。一方急拠帰国した斉藤社長は同日午後一時から鶴見の総持寺に会社の職制約七〇名を集めて労働組合結成に対する会社としての対応策を協議した。

4  翌一二日朝、組合は組合員に対し、一一月一〇日に行われた会社との団体交渉において暫定措置として組合が会議室、応接室、食堂を使用しても会社は妨害しない旨確認されたこと、一二日午後五時三〇分に全員各工場の食堂に集合すること等を記載したビラを配布した。これに対し会社は右のような合意がなされていないとして、「組合活動の自由とは労働契約上の就業時間外及び会社の施設を使用しない場合に自由であるということであってたとえ正当な理由によるものであっても就業時間中は勿論、就業時間外であっても会社施設の使用はできません。」との申入書を組合に交付した。

5  組合は、同日午後五時三〇分ころ、池上工場の従業員食堂において会社に無断で集会を開こうとした。これに対し会社側は許可がない以上食堂を使用してはいけないとして職制を動員してこれを阻止したため小競り合いとなった。而して同日午後一一時ころに至り、組合側代表と会社側代表とが会合し<1>団体交渉の期日を取り決めること、<2>会社は組合に食堂を使用させること、<3>本日の混乱に関し組合員を処分しないこと、<4>会社は不当労働行為をしないことの組合提出の案件について協議したが、明確な結論が出ないまま翌一三日午前二時三〇分過ぎころ交渉は打ち切られた。

6  ところが組合は、同月一五日午後五時三〇分ころより同八時五〇分ころまでの間会社から使用不許可を申し渡されていたにも拘らず会社の制止を排除して川崎工場内三階食堂に七五名の組合員を集め集会を開くとともに、構内放送設備スピーカーの音量を勝手にしぼるなどの行為をした。このため会社は同月一六日付書面を以って川崎工場長の名で組合副執行委員長宛に厳重警告を発した。

7  会社は同月二四日、社長以下幹部四名が組合執行部三役と会い、さらに同月二六、二七日の両日には三六協定に関する事務折衝がなされた。そして会社と組合は年末一時金問題解決のため同年一二月四日第一回団体交渉を、同月一三日第二回団体交渉を行い、年末一時金問題は同日妥結した。

8  ところで前記二七日の事務折衝において、組合から会社に対し<1>労働協約の締結、<2>組合事務所、掲示板の貸与、<3>組合活動の自由の保障の三点について要求が出されたのであるが、右案件について会社と組合は同四九年一月二三日に第三回団体交渉を、次いで同年二月七日第四回団体交渉を行った。その結果前記組合要求<2>の組合事務所、掲示板の貸与については合意に達する見込みがついたので細部に関し事務折衝を行うこととなり、同<1>及び同<3>については双方の主張が平行線をたどったため交渉継続ということになった。そして同月一三日及び同月二八日の事務折衝において掲示板貸与の件について細部に関し交渉が行われ、同年三月五日の第五回団体交渉において掲示板貸与の件について会社と組合は合意に達し、さらに同月一一日の事務折衝において掲示板使用手続に関する取決めがなされた結果、翌一二日会社と組合間で掲示板貸与に関する協定書の作成をみた。

9  一方、組合は、同月一一日、会社に対し昭和四九年春闘向け職場討議の会場として同月一五日、一九日、二〇日及び二二日に川崎工場並びに池上工場の食堂を、同月二三日に臨時大会の会場として池上工場の食堂をそれぞれ使用したい旨書面で申し入れた。もっとも右申入書には使用上の注意事項として<1>ハンドマイクは持ち込まない、<2>人数は守衛所に連絡する、<3>タイムカードは五時三〇分までに必ず打刻する、<4>使用日の組合責任者を明確にする、<5>会社は討議に介入しない等が付記されていた。会社は右申入れを受けて同月一三日食堂使用の件について組合と事務折衝を行った。席上組合は会社の設備は組合活動のため組合が自由に使用できるものであると主張したのに対し、会社はこれを否定したうえ年四回位の組合の定期大会及び臨時大会に食堂を使用させてもよい旨の見解を示すとともに、現に差し迫った春闘時における組合大会等の会場としては、合意ができていない以上食堂使用を認めることができないので、暫定的に外部の会場、つまり三月一五日は徳持会館、同月一九日は産業文化会館、同月二〇日は徳持会館、同月二二日は貝塚会館、同月二三日は産業文化会館を会社が使用料を負担して組合に提供するとの提案をした。

10  組合は会社の食堂使用の問題は暫く措き当面差し迫った同月二三日の臨時大会は会社がその費用負担において借り受けた産業文化会館において開催することとし、同日同会館において大会を挙行した。

11  しかるに組合は、その後食堂使用の問題について会社に対し協議の申入れをすることなくそのまま放置し同年四月五日ころ川崎工場の食堂を会社の許可を得ずに使用しようとしてこれを阻止しようとした伊藤工場次長、矢野部長、笹岡課長らと小競り合いとなり、さらに屋上へ出ようとした組合員が右三名を階段に転倒させそれぞれ通院加療一〇日間を要する傷害を負わせたのを始めとして、その後も会社の許可を得ずに川崎工場あるいは池上工場の食堂を使用していたがその回数は、同四九年四四回、同五〇年二七回、同五一年一一回に及んだ。

12  組合は、その後、会社に対する昭和五三年六月二〇日付夏期一時金要求書及び同年一一月九日付要求書において、会社構内における組合活動の自由を認めよとの極めて概括的な要求を掲げたものの、食堂使用の問題を具体的な項目として掲げ会社に対し協議を求めることはせず、昭和五四年以降も以下のような会社施設の無断使用を繰り返した。すなわち

(一)  組合は昭和五四年三月二八日午後五時三〇分ころ会社から食堂使用許可の申入れを拒否されたにも拘らず川崎工場食堂において全川崎労働組合協議会清水事務局次長の講演会を開催しようとしたが、会社の阻止行動により組合は工場内タイムレコーダー前で集会を行って散会した。

(二)  組合は同年四月一一日午後五時三〇分ころ会社から食堂使用許可の申入れを拒否されたにも拘らず川崎工場食堂において川崎工場及び池上工場所属の組合員の合同集会を開催しようとしたが、会社が工場通用口のアコーデオンドア及び工場内通路にある鉄製扉を通行人が一人程度通行できる程度に閉じたうえ職制を配置して組合員の食堂立入りを阻止したためもみ合いとなり、その際右鉄製扉がはずれたりして危険な状態となったため、結局組合はタイムレコーダー前付近において集会を行って散会した。

(三)  組合は同月一九日午後五時三〇分ころ会社から食堂使用許可の申し入れを拒否されたにも拘らず川崎工場食堂において川崎工場及び池上工場所属の組合員の合同集会を開催しようとしたが、会社が工場通用口のアコーデオンドアを閉めたため、工場内の組合員と工場外の組合員とが分断された状態となり、組合は、午後九時ころにタイムレコーダー前付近において集会を行って散会した。

(四)  組合は同月二七日午後五時三〇分ころ会社から食堂使用許可の申入れを拒否されたにも拘らず川崎工場食堂において川崎工場及び池上工場所属の組合員の合同集会を開催しようとしたが、会社が工場通用口のアコーデオンドアを閉鎖したため、工場内の組合員は食堂で集会を開き、工場外の組合員は正門玄関に赴きそこで会社職制らと小競り合いとなり、結局午後一一時ころタイムレコーダー前付近において合同集会を行って散会した。

なお、組合の副執行委員長であり、会社の川崎工場に勤務する鬼柳香月は、同日午後三時から社外で行われた電機労連の幹事会議に半日有給休暇をとって出席し、午後五時五分ころ前記組合合同集会に出席するため川崎工場に入ろうとしたところ、松沢総務課長らから入構を拒否されたにも拘らずこれを無視して工場内に立入ったため、会社は同年五月七日付で右鬼柳に対し「川崎工場内従業員食堂における組合集会に参加したことは服務規律違反であるから今後規律を乱すことのないよう警告する」旨の文書を交付した。

13  これに対し会社は会社の使用許可を得ることなく組合もしくは組合員が組合活動のため会社の施設を使用することは違法であるとし、職制による阻止、説得、組合に対する事後の警告等を行って組合員らによる無断使用を中止させるべく努力を重ねた。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する(人証略)は前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  一般に企業に雇用されている労働者は企業施設内に設置されている機械、設備等を使用して労務を提供する義務を負っていることから、企業施設内に立入りこれら機械、設備等を使用することができることはいうまでもないが、さらに進んで生産設備以外の会社の物的施設の使用をもあらかじめ許容されているとみられる場合が少なくない。しかしながら、右の許容は、特段の合意があるのでない限り、雇用契約の趣旨に従って労務を提供するために必要な範囲において、かつ、定められた企業秩序に服する態様において使用するという限度にとどまるものであり、労働者に対し右の範囲を超え右と異なる態様においてそれを使用し得る権原を付与するものということはできない。また、労働組合が当然に企業の物的施設を使用する権利を保障されていると解すべき理由はないのであるから、労働組合又は組合員であるからといって使用者の許諾なしに右物的施設を使用する権原をもっているということはできない。もっとも企業に雇用される労働者のみをもって組織されるいわゆる企業内組一合の場合にあっては、当該企業の物的施設内をその活動の主要な場とすることが極めて便宜であるから、その活動につき右物的施設を使用すべき必要性の大きいことは否定し得ないところではあるが、使用の必要性が大きいことの故に、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために当然に使用し得る権原を有し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の使用を当然に受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない。したがって、労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の所有、管理する物的施設を使用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその使用を許さないことが当該施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、当該施設を所有、管理する使用者の権原を侵し、企業秩序を乱すものであり、正当な組合活動に当らないというべきである(昭和五四年一〇月三〇日最高裁第三小法廷判決参照)。

そこでこれを本件についてみるに、会社の川崎工場食堂は、同工場で働く従業員をして食事の際使用させることを目的に会社が設置した施設であることは明らかであるから、同工場の従業員は労働組合員であると否とに拘らず食事の際右食堂を自由に使用することは予め会社により許容されているといわなければならない。しかしながら従業員の食堂使用はあくまで右施設本来の目的である食事のための使用であって、右目的以外の使用、例えば組合大会の会場として使用することは予め許容された範囲から逸脱するものであるから組合ないしは組合員が組合大会その他組合活動の場として工場内食堂を使用したいときは、予め右食堂の所有者であり且つ管理者である会社の許諾を得なければならないものといわなければならない。しかるに組合は、昭和四八年一一月、組合を結成した当初から組合活動のため会社施設を使用できるのは組合の権利であるとの考えに立ち、会社の許可を得ずに川崎工場食堂で集会を開き会社から警告を受けると会社に対し食堂使用許可の申入れはしたものの右の前提を変えず、会社が年四回程度の組合大会にのみ食堂使用を許すとの案を出してもこれを全く無視し、あまつさえ食堂使用問題を会社との協議の場に持ち出すこともせず会社の阻止を実力で排除して無許可で食堂を組合活動のため使用し続けてきたものであって、かかる状況の下にあっては、会社が食堂使用の方法等について組合と協議が成立していないことを理由に組合からの食堂使用許可の申入れを拒否しても権利の濫用ということはできない。

もっとも組合は、前記認定のようにいわゆる企業内組合であり、組合員が会社の川崎工場と池上工場等に分かれ組合大会その他の組合活動には川崎工場内の食堂を使用することが種々の面で便宜であることは肯首できるけれども、それが故に組合が川崎工場内食堂を当然に使用できる権利を取得するものでないことは前記説示のとおりであり、また会社としても就労時間外に従業員をして食堂を食事の目的以外に使用させることによって事業遂行上格別の支障が生ずるとは云えず、現に会社は従業員がつくっている卓球部、写真部等にそのサークル活動として川崎工場内食堂の使用を許していることは会社において自認するところであるが、かかる事情が存するからといって、会社は組合に対し組合活動のために右食堂を使用させなければならない義務を負うものと解することはできない。

その他会社の組合に対する本件食堂使用の拒否が権利濫用であると認めるに足りる証拠はない。

四  してみれば、会社による組合からの食堂使用許可申入れの拒否が権利濫用であると認められない以上組合の食堂使用許可要求の拒絶が組合に対する支配介入―不当労働行為―に該らないことは明らかであり、会社が組合による会社食堂の無許可使用に対し組合員の入構を阻止し中止命令を発し、無断使用を強行した組合もしくは組合責任者に対し再発防止のためその責任追及及び処分の警告を発することは、職場秩序を維持するために必要な施設所有権、管理権の正当な行使であって何らの不当性もなく勿論不当労働行為にも該当しないことは多言を要しないところであり、また会社が、従業員の鬼柳香月が昭和五四年四月二七日の就労時間外に会社の制止を無視して川崎工場構内に立ち入り、同食堂で行われていた組合による無許可集会に参加したことに対し服務規律違反である旨警告したことも正当な行為であって組合に対し何らの不当労働行為を構成するものではない。

以上の次第で、被告が本件を不当労働行為と認定して原告に対し救済命令を発したことは違法というべきであるから本件命令主文第一、二項は取消しを免れない。

五  よって原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 山野井勇作 裁判官 佐賀義史)

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